概要
神経・筋疾患とは、脳・脊髄および末梢神経など、あるいは筋肉自体の病変によって運動に障害を来す疾患です。代表的な疾患として、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、筋萎縮性側索硬化症、ギラン・バレー症候群、筋ジストロフィーなどがあります。これらの疾患の多くは、厚生労働省の定める特定疾患、いわゆる神経難病です。適切な診断と、症状に合わせた早期からのリハビリテーションが必要です。
神経・筋疾患は、症状・障害が進行する疾患である、高齢になるほど有病率が高い、定期的に医療を受ける必要がある、障害に応じたリハビリテーションを受ける必要がある、などの特徴があります。発病初期は障害が軽度であり、在宅生活を続けながらリハビリテーションが行われます。主として健康増進や日常生活上、自分のことは自分でできることなどが目標となります。症状が進行すれば、障害に応じたリハビリテーションが追加されていきます。さらに進行した場合は、短期的に入院し集中的なリハビリテーションを行うことがあります。この場合は、廃用症候群(安静状態が長期に続くことによって起こる身体機能の障害)の改善を図るとともに、移動やコミュニケーションにおける代償手段(杖や歩行器などの補装具、文字盤など)の提供など、医療・福祉機器を利用した療養生活環境の構築がリハビリテーションの目的になります。筋萎縮性側索硬化症、筋ジストロフィーなどでは在宅人工呼吸器が導入されます。嚥下障害への対応も重要です。
(日本リハビリテーション医学会Webサイトから引用、一部改変)
治療
神経や筋肉の異常により、筋力低下や運動障害などを生じます。神経の異常としては、脳(小脳を含む)や脊髄などの中枢神経の異常によるものと、脊髄から末梢へ至る、いわゆる末梢神経の異常によるものがあります(図1)。
- パーキンソン病や脊髄小脳変性症などの中枢神経の変性疾患は症状・障害が進行する疾患です。症状、障害に応じたリハビリテーションが必要となります。発病初期は障害が軽度であり、在宅生活を続けながらリハビリテーションが行われます。主として健康増進や日常生活上、自分のことは自分でできることなどが目標となります。症状が進行すれば、障害に応じたリハビリテーションが追加されていきます。障害が進行した段階では、廃用症候群の予防を図るとともに、移動やコミュニケーションにおける代償手段の提供など、医療・福祉機器を利用した療養生活環境の構築がリハビリテーションの目的になります。嚥下機能が低下すると誤嚥(気管や肺に食べ物や水分が誤って入ってしまうこと)による肺炎を起こす危険がありますので、嚥下機能(食べ物や水分を飲み込む機能)のチェックにより、食事方法、食形態などの検討が必要となります。
- パーキンソン病では、発病の初期より、頚部や胸腰部の関節の動きを維持して良い姿勢を保ち、日常の生活の活動量を維持することが重要です。症状が進むと、すくみ足や姿勢調節障害により、特に歩き始め、方向転換時に転倒しやすくなります。そのため、歩行訓練では、腕の振りを大きくし、歩幅を広くすること、歩行の開始と停止、方向転換に重点が置かれます。リズムや、床に引いた線などの視覚的手がかりを利用した歩行訓練も行われます。
- 筋萎縮性側索硬化症は、脊髄にある運動神経が障害される進行性の病気です。感覚障害(触覚、痛覚などの感覚の障害)はないけれども、急速に筋力低下や筋肉の萎縮が進行します。残存する筋力に応じて装具や補助具、車いすなどを用いて、可能な限り、日常生活の介助量を軽減することがリハビリテーションの目的となります。筋力を使わないと廃用による筋力低下が生じますが、逆に使いすぎても筋力低下の危険性があるので、適切な運動量の調節が必要です。また横隔膜にも筋力低下が生じると、自分で呼吸をすることが困難となり、人工呼吸器の装着が必要となります。首の筋力が低下することによって、首が垂れた状態になり、まっすぐ前を見ていられないような時には頸椎装具などが使われます。舌や発声器官の障害により構音障害(ろれつが回らない状態)が重度になると、言語によるコミュニケーションが困難になるので、身体機能に応じて文字盤やコミュニケーションエイドとよばれる装置(まぶたの動きで機械を操作して言葉を作成)が用いられます。
- 末梢神経障害では、末梢神経の損傷の程度により、回復の程度や時期が異なります。筋電図検査による末梢神経の損傷の程度や広がりの評価が重要です。急性期の治療としては、神経が再生して回復するまでに関節が固くならないように、関節可動域の維持が重要です。神経の回復に応じて筋力増強訓練を行いますが、神経の再生過程にある場合には、やりすぎによる過用性筋力低下にも注意が必要です。日常生活や歩行の補助のために必要に応じて装具を作成します。
- 顔面神経麻痺の場合にも、神経が再生するまでに顔面の表情筋を固くしないようにマッサージを指導します。神経の回復に応じて、鏡を見ながら顔面の表情筋の訓練を行います。筋肉の動きがはっきりと分かりづらい場合には、筋電図バイオフィードバックを用いて弱い筋肉の動きを音で表し、筋肉の動きを自覚させるトレーニングなども行います。神経の回復が不完全な時にあまり強い収縮を繰り返すと病的共同運動(目や口の筋肉が一緒に動く)が生じますので注意が必要です。
- 筋ジストロフィーは、遺伝性で進行性の筋力低下を来す病気です。特にDuchenne型筋ジストロフィーは比較的早期に発症し進行します。3~5歳頃から筋力低下がみられ、立ち上がりや階段の昇降が大変になってきます。平均的には9歳頃から歩行不能になります。歩行が可能な時期は関節拘縮(関節が固くなって十分に動かなくなること)の進行をできるだけ抑えることが重要です。毎日、家族によるホームプログラムを行います。歩行が不安定になってくると、日常の移動手段として車いすを使用します。上肢の筋力低下が進行すると、車いすを漕ぐことが困難になりますので、電動車いすを使用します。成長期には骨の成長とともに脊椎の変形が進行しますので、座面の工夫や座位保持具を必要とする場合が多いです。呼吸不全の進行に伴い人工呼吸器が導入されます。
図1. 神経・筋疾患の分類
慶應義塾大学病院での取り組み
パーキンソン病では、外界からの感覚刺激が歩行リズムの乱れを減少させ、携帯型のリズム発生器が小股歩行の改善に効果があると報告されています。脊髄小脳変性症や筋萎縮性側索硬化症などの進行する運動障害に対して歩行補助具や自助具の紹介、環境調整、摂食嚥下指導を取り入れています。また、近年コミュニケーションエイドや電動車いす、在宅人工呼吸器の普及が進んでおり、神経・筋疾患による運動障害や日常生活動作(ADL)障害等に対して、病状に応じて、最新治療を取り入れたリハビリ治療を包括的に実施しています。
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文責:
リハビリテーション科
最終更新日:2021年6月29日