概要
そもそも「不安」は異常な現象ではなく、自分に警戒を促すために人に備わっている能力の1つです。この信号によって私たちは、危機に備えたり、危険を回避したりしやすくなります。しかし、その信号が過剰になったり、危険でないものにまで出されるようになったり、あるいは信号が適切であっても、それに続く行動が不適切なものになったりすると、それは人が生活していく上での「障害」となってきます。そのような不安の信号の出方や受け取り方に不具合をきたしている疾患の代表的なものが「不安障害」と言えるでしょう。
分類と症状
世界保健機関(WHO)が公表している「国際疾病分類第10版(ICD-10)」や、米国精神医学会による「精神障害の診断と統計の手引き第5版(DSM-V)」では、不安障害をさらに細かく分類しています。大まかに言うと、(1)不安を抱く事柄や状況が比較的特定のものに限られている種々の恐怖症、(2)不安を抱く事柄や状況が特定されておらず様々な事柄や状況で不安になる全般性不安障害、(3)特徴的な身体症状を伴うパニック発作を繰り返すパニック障害、(4)薬物やアルコールなどの物質を摂取することによって不安が生じる物質誘発性不安障害に分けることができるでしょう。以下にそれぞれの障害について簡略に説明します。
- 恐怖症
不安も恐怖も警告信号である点は同じですが、不安がやや漠然とした未来のことに向けられた信号なのに対して、恐怖はその対象が今目の前に(あるいは頭の中に)はっきり存在している点が違っています。恐怖症の代表的なものに社会恐怖(または社交不安障害)があります。社会恐怖とは、恐怖の対象が「知らない人たちの前で注目を浴びるような社会的状況」であり、その恐怖が過剰であると自他ともに認められる場合につく診断名です。それ以外の特定の恐怖の対象がある場合は、特定の恐怖症という診断名になります。これには高所恐怖、閉所恐怖などさまざまなものがあります。
- 全般性不安障害
上記の恐怖症とは異なり、特定の対象に限らずほとんどあらゆることに不安を抱くようになるのが全般性不安障害です。
- パニック障害
パニック発作という、突然に生じる自律神経系の乱れを繰り返すのがパニック障害です。パニック発作の症状には、動悸、息苦しさ、発汗、震え、めまい、吐き気、しびれや冷感などがあります。数分以内にピークに達するほど急激に生じてくるのもその特徴の1つです。死ぬのではないかなどと恐くなって救急病院を受診する方もいますが、検査をしても異常が見当たらないことが多いです。予期せず繰り返す発作に、1人で外に出るのが恐くなったり、元気がなくなったりすることもあります。
- 物質誘発性不安障害
薬物などにより不安が生じる場合につく診断です。交感神経を刺激する作用を持つ物質は不安を生じさせることがあります。合法的なものではカフェイン、違法薬物では覚せい剤、コカインなどがあります。また逆に神経を鎮静させる物質を摂取した後に反動で不安が生じることもあります。こうした物質には、アルコール、睡眠剤、抗不安薬などがあります。
治療
治療は、薬を使う治療と、会話などによる治療とがあります。いずれかの方法で治療することもありますが、併用したほうが効果的と考えられています。
不安障害に用いられる主な薬は、抗うつ薬と抗不安薬です。最近では、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)という抗うつ薬が使われることが多くなっています。ただSSRIは飲み始めてからすぐに効果が出てくるわけではなく、飲み続けることによって徐々に効果が出てくるタイプの薬です。そのため、すぐに効果を出す必要がある場合には不向きであり、こうした場合には抗不安薬を用いる方が適切です。一方、抗不安薬には、耐性や依存性の副作用があります。耐性は、使っているうちに身体が薬に慣れてきて効果が弱くなってきたりすることで、依存性は、薬を切らすと余計に不安が強くなることです。こうした耐性や依存性は、速効型の薬を長期間にわたって多量に使用するほど生じやすくなります。よって、長期にわたって予防的に使うのには抗うつ薬を、緊急対応に使うには抗不安薬をというのが、基本的な考え方になると思います。
会話による治療にはさまざまなものがありますが、最近では認知行動療法と呼ばれる治療法が用いられることが多いようです。この治療法では、まず学習的な作業として、不安が生じるメカニズムなどを学んだり、自分の不安がどれくらい現実的なものかを吟味したり、より現実的な行動はどのようなものかを検討したりします。そして、そこで検討された行動を実行してみたりします。実行する際には、自分が不安になりそうな状況に少しずつ直面していくことがあり、これを段階的暴露(ばくろ)と言います。以前なら不安になって混乱していたような場面でも、適切な行動がとれるようになることを繰り返していくことで、少しずつ自信が生じ、不安になりにくくなることをねらっています。
どれくらい治療を続ける必要があるかは、個人によってさまざまですので、主治医とよく相談していくのが良いと思います。特に薬物治療は中断すると具合が悪くなることがあります。中断や減量から1週間以内に生じる具合の悪さは再発ではなく薬のリバウンドで生じている可能性があります。再発は薬を中断してから数ヶ月以上たってから生じることもあるので、長期にわたって経過をみないと再発しないかどうかは分かりません。いずれにしても、主治医と相談しながら計画的に治療を止めていった方が、再発のリスクを低くできるものと思われます。
さらに詳しく知りたい方へ
- カプラン臨床精神医学テキスト : DSM-5診断基準の臨床への展開 / ベンジャミン J. サドック, バージニア A.サドック, ペドロ ルイース編著 ; 四宮滋子, 田宮聡監訳 日本語版第3版.東京 : メディカル・サイエンス・インターナショナル, 2016.5
精神医学全般に関する教科書。各疾患をDSM-5に基づいて記載している点が特徴。
文責:
精神・神経科
最終更新日:2017年1月24日