概要
認知症とは
認知症は、脳や身体の病気が原因で、「いったん正常に発達した認知機能(記憶、注意、判断力、言語能力など)に障害がみられ、社会生活に支障をきたした状態」と定義されます。間違いやすい点として、加齢にともなって出現するもの忘れが挙げられます。これは、脳の神経細胞の減少という通常の老化にともなって出現するもので、個人差はありますが、誰にでも起こり得るものです。これに対して、認知症は、何らかの疾患が原因となり、通常の加齢プロセスよりも速く神経細胞が減少してしまう「脳の病気」と言えます。
症状
認知症の症状は、「中心となる症状」と「周辺症状」に分けられます。
中心となる症状
記憶障害を含む認知機能の障害は、多くの認知症に共通する症状です。認知症患者さんでは、最近の出来事を忘れる傾向が強く、過去の重要な出来事は比較的よく覚えていることが少なくありません。進行すると、出来事だけでなく、人の名前や顔を忘れてしまうことがあります。また、私たちの認知機能には注意、判断力、言語能力、遂行機能(目標に到達するために計画的かつ臨機応変に行動する能力)など、生活に欠くことのできないさまざまな能力が含まれます。認知症では、これらの認知機能に障害が起こります。
周辺症状
認知症の周辺症状とは、認知症の進行とともに起こる、認知機能障害以外の日常生活上の支障となるさまざまな症状のことを言います。必ずしも全ての患者さんにみられるわけではありません。
- 妄想
財布や通帳を誰かが盗んだ、または隠したという「もの盗られ妄想」がよくみられ、身近な介護者が対象となることが少なくありません。また、「近所の人が嫌がらせをしている」というような被害妄想が起こることもあります。
- 幻覚
「亡くなったはずの兄がそこに立っている」、「子供が家の中を走り回っている」というような幻覚(幻視)がみられることがあります。また、「誰かがラジオを流している」というような幻聴が起こることもあります。
- 徘徊
初期には、初めて訪れた場所への道順を覚えられないという程度ですが、進行するにしたがって、慣れ親しんだ自宅周辺でも道に迷ってしまうことがあります。
- 抑うつ症状
憂うつ気分、意欲の低下、興味の喪失、食欲不振などが出現します。抑うつ症状をともなうと、将来の生活や健康状態に悲観的となり、活動量も落ちてしまうため、認知症が急に進行したような印象を与えることがあります。また、抑うつ症状は、しばしば記憶障害よりも先行して起こります。
- 睡眠障害
入眠が困難となったり、短時間で起きてしまう状態です。昼夜逆転を引き起すため、日中は眠りがちで、夕方から夜間にかけて活動的となることがあります。
- 食行動の異常
食事をとった直後や深夜に食事を求めたり、食べられないもの(紙、金属類)を口に入れる異食がみられることがあります。
- 易怒性、攻撃性
介護者による注意や助言に対して、感情を爆発させることがあります。特に、暴言や暴力がみられる場合には、介護にとって大きな妨げとなります。
原因となる疾患
認知症は、単一の病気ではなく、様々な原因によって記憶障害や認知機能の低下をもたらす「症候群」です。
アルツハイマー型認知症
認知症の原因として最も多い疾患で、認知症患者さんの半数以上を占めます。記憶障害や認知機能障害が時間をかけて徐々に進行するという経過が特徴です。初期には、麻痺や歩行障害などの運動症状はみられません。
レビー小体型認知症
認知障害に加えて、具体的な幻視(小動物がありありと見える)などの精神症状や、動作緩慢、手足の震え、歩行障害などのパーキンソン症状が出現します。しばしば日内変動がみられ、一日の中で症状が重くなったり軽くなったりします。
パーキンソン病
動作や思考が緩慢となり、手足の震え、歩行障害などがみられます。パーキンソン病の30~40%に認知症が合併すると報告されています。
前頭側頭型認知症
脳の前方に位置する前頭葉は、様々な認知機能を制御し、統合する「より高次の」認知機能を担っています。前頭側頭型認知症では、この部位に萎縮や機能低下が起こり、人格変化(以前より怒りやすくなった)、常同行為(同じ行動を繰り返す)、過剰なこだわり(毎日同じスケジュールで行動する)などが出現します。進行するにしたがって、記憶障害が加わっていきます。
脳血管性認知症
脳梗塞が脳の広い範囲にわたって多数生じると、認知症を引き起こします。脳血管性認知症は、脳梗塞が起きた部位によって低下する能力と、比較的保たれている能力に差があることが多く、ほぼ一様に認知機能が低下してくるアルツハイマー型認知症と異なり、「まだら様」の認知機能低下を示します。また、初期から麻痺や歩行障害などの運動障害や、尿失禁などの症状をともなうことが多く、新たな脳梗塞が起きるたびに症状は階段状に進行します。
内分泌・代謝性中毒性疾患
甲状腺機能低下症、下垂体機能低下症、肝性脳症、ビタミン欠乏症(ビタミンB1、B12、ニコチン酸)アルコール脳症などでも、認知症と同様の状態がみられることがあります。
感染症
ウイルス性脳炎、クロイツフェルトヤコブ病やHIVなどの感染症によって脳の組織が障害されて、認知症となることがあります。
外傷性疾患
慢性硬膜下血腫:転倒などによって頭部を打撲した後、数日から1ヶ月くらい経過して、頭痛、歩行障害に加えて、認知症と同様の状態を呈することがあります。
診断
問診
患者さんの実際の生活状況を把握することが、認知症の診断にとって最も重要であると言えます。「いつごろから、どのようにして症状が出てきたのか?」、「実際の生活にどのような支障をもたらしているか?」、「今までにかかったことのある病気は?」といった質問は、診察の際に必ずと言っていいほどきかれるでしょう。認知症患者さんは、自分の病状をよく把握していないことがあることや、記憶障害が顕著な場合には実際の生活状況はご家族の方からしか伝えられないことも多いため、近しいご家族と一緒に受診されることをおすすめします。
神経心理検査
認知症にみられる記憶障害や認知機能の低下を客観的に評価するための種々の検査が考案され、実用化されています。改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やミニメンタルステート検査(MMSE)は、簡便で患者さんの負担も少ないため、外来診察の中で行うことが可能です。他に、さまざまな記憶検査、失語症検査、注意に関する検査、前頭葉機能検査などの詳細な検査があり、症状に合わせて調べます。
神経学的検査
パーキンソン症状などを含む運動機能などに関する神経症状の有無を調べます。
画像検査
- 頭部MRIまたはCT
脳の萎縮や脳室の拡大など、脳の形態的異常を調べる検査です。 - SPECTまたはPET
脳血流量、酸素消費量、ブドウ糖消費量など、脳の機能的異常を調べる検査です。
血液検査
生活習慣病などを含めた、認知症の原因となる身体疾患の有無を検査します。
その他の検査
脳波検査、心筋シンチグラフィー検査など。
治療
治療可能な認知症
甲状腺機能低下症、ビタミン欠乏症、慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症などにともなう認知症は、原因となる疾患の治療によって認知症の症状が改善する可能性があります。
進行予防
現在の医療では治療が困難な認知症でも、原因や症状によっては症状の進行を遅らせることが可能です。特に、アルツハイマー型認知症では、早期からお薬(アセチルコリンエステラーゼ阻害薬)を服用して頂くことによって、認知症症状の進行を遅らせることが可能です。薬物療法以外でも、運動療法などが認知症の進行予防に役立つことが知られています。今のところ認知症を完全に治療するような治療法はありませんが、今後はいくつかの新薬が期待されています。
周辺症状に対する治療
妄想、幻覚、抑うつ状態、不眠などの周辺症状に対しては、症状に合わせて抗うつ薬や抗不安薬などの向精神薬、漢方薬などを選択することにより、症状を改善することが可能です。
生活・介護上の注意点
認知症は本人だけでなく、家族も長くつきあわなければならない疾患です。そのため、デイケアや訪問介護などのサービスも利用しながら、ご家族が無理なく続けられる介護環境を整えることが大切です。親や配偶者が認知症になると、無理をしてもできるだけのことをしようとしがちです。しかし介護負担は徐々に大きくなってくることが多く、しばしば家族は疲弊してしまいます。患者さんご本人のためにも、長く続けられるペースで介護を始めることが重要です。また、患者さんの生活リズムが崩れると、介護負担が大きくなります。起床時間を保ちながら、長く昼寝をしないようにして、昼夜のリズムを保った生活をこころがけることは大切です。日中には散歩、趣味、会話など、適度な刺激を脳に与えることで、生活リズムを安定させることが有効です。分からない点があれば、専門医に相談しましょう。
さらに詳しく知りたい方へ
- 認知症の知りたいことガイドブック : 最新医療&やさしい介護のコツ / 長谷川和夫著 東京 : 中央法規出版, 2006.4
- 認知症の原因、対応、介護サービスなどの情報が、家族向けに分かりやすく述べられています。
- 日本老年精神医学会
認知症の診療を行っている医療機関や専門医を検索するこができます。 - 認知症を知り、認知症と生きるe-65.net(エーザイ株式会社)
認知症の基礎知識や介護上の注意点などの情報が分かりやすく述べられています。
文責:
精神・神経科
最終更新日:2017年3月6日