
禁煙外来におけるアプリ治療の開発 -呼吸器内科-
はじめに
慶應義塾大学病院呼吸器内科では、平成19年より禁煙外来を開設し、これまで多くの方々の禁煙をお手伝いしてきました。受診者数は、世間のタバコ税値上げ等の影響も受け、年度によって増減がありますが、年間約60人前後で推移しています。外来が週に一度で予約制という制約はありますが、禁煙外来を利用している喫煙者の割合は日本全国で数%に過ぎないとの統計もあり、加熱式タバコや電子タバコなどの新戦略にごまかされることなく、ますます受診者が増えることを願っています。
禁煙外来の成功率
禁煙外来の治療は、ほとんどの方が健康保険で受けることができ、3か月間に5回の受診をするプログラムになっています(参考:「禁煙治療のための標準手順書」)。日本全国の過去の統計(「ニコチン依存症管理料算定保険医療機関における禁煙成功率の実態調査報告書」 平成19年度
、平成21年度
)では、5回きちんと受診した人ほど禁煙の成功率が高く、受診回数が減るに従って成功率も低くなっています。そのため、なかなか禁煙ができない場合でも、最後まで諦めずに受診することが大切と考えられています。同統計によれば、最後の5回目まで受診した人のうち78.5%が最終的に1か月以上禁煙できていました。これだけ見ると高い成功率のようですが、実は5回の治療を終了した人は全体の35.5%しかおらず、5回目終了かつ禁煙に成功した人の割合(卒煙率)となると、35.5%×78.5%=27.9%と決して満足のいくものではありません。 当院の最近の卒煙率は以下のようであり、比較的高い割合で推移しています(図1)。

図1.禁煙外来の卒煙率の経年変化(平成22~28年度)
*「全国」は平成20年度の全国平均を示す。
禁煙アプリの開発・治験
当院禁煙外来では、ベンチャー企業のキュア・アップ社が開発している禁煙治療用スマホアプリ"CureApp禁煙®"の監修を行い、3つの臨床試験を行ってきました。医療の現場に携帯情報端末などのIoT技術を導入することは、海外ではmHealth(モバイルヘルス)等と呼ばれ、すでに広がりを見せています。糖尿病や高血圧、うつ病などの疾患に対する治療効果が報告されており、米国では医療用アプリがFDAの承認を受け保険償還されている例もあります。国内でも平成26年11月の改正薬事法にて単体プログラム(ソフトウエア)が医療機器として取り扱われることとなり、医療用アプリが臨床現場で活用されるための条件が整ってきました。今回キュア・アップ社が禁煙アプリを開発するにあたり、当院禁煙外来が委託を受け、実際に患者さんや医療者が使用することになるプログラムの内容などを共同開発しました(図2)。
本アプリの特徴としては、以下のような点が挙げられます。
1)禁煙外来の受診時以外の「治療空白」の期間をサポートできる
2)クラウドサービスを使い患者と医療者が情報を共有できる
3)医療者にもガイドラインに則ったガイダンスができる

図2.禁煙治療アプリ"CureApp禁煙"のシステム概念図
これまで禁煙外来では、受診時にカウンセリングや投薬を行うものの、次回外来までの2~4週間の期間はサポートが難しい状況がありました。禁煙治療用スマホアプリは毎日24時間使用が可能であり、この治療空白の期間をサポートすることができます。具体的なプログラム内容については、現在行われている治験に関わることでもあり公開できませんが、禁煙治療のガイドラインに則った正統かつ科学的な内容が保証されています。また、実際のアプリの使用状況や禁煙プログラムの進み具合、禁煙状況などを患者と医療者が共有できるため、禁煙外来受診時のカウンセリングの内容もより中身の濃いものに深化します。さらに、多忙な外来においても医療者が適切なカウンセリングを行えるよう、医療者側へのガイダンス機能も搭載されています。
平成27年にまず予備的な臨床試験を行い、14人の患者さんにCureApp禁煙®を使用していただきました。3か月の治療後に10人が禁煙され、2人が喫煙継続、2人が脱落という結果でした(卒煙率71.4%)。使い勝手についての感想は概ね良好であり、禁煙できたのはこのアプリのお蔭です、という患者さんもおられました。さらにプログラムの改良を続けながら、平成28年には55名の方を対象に他施設と共同で臨床試験を行いました。その結果、3か月後、半年後、1年後の禁煙成功者の割合が、先の日本全国の統計よりも高くなっており、禁煙アプリの効果が伺われました(データ解析中)。
これらの結果に基づき、平成29年10月より、大規模な臨床試験をキュア・アップ社主導の治験として他施設と共同で開始しました(図3)。当初、半年間で約600人の患者さんの参加を見込んでいましたが、思いのほか早く参加希望者が集まり、すでに同年12月には参加を締め切ることとなりました。今後は1年間の追跡調査を行い、アプリの効果を科学的に検証する予定です。そして効果が立証されれば、カウンセリング、投薬に次ぐ第三の禁煙治療ツールとして、日本全国の禁煙外来において保険診療での普及を目指せればと考えています。

図3. 禁煙治療アプリのスマホ画面イメージ(治験ポスターより)
文責:呼吸器内科
執筆:舘野博喜
最終更新日:2018年2月1日
記事作成日:2018年2月1日

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