概要
睡眠は人間にとって必要不可欠なものです。必要な睡眠時間には個人差がありますが、昼間活動して夜眠る、というごく当たり前のことができなくなり、日常生活に支障をきたした状態を睡眠障害と呼びます。睡眠障害には不眠、過眠のほかに概日リズム睡眠障害、睡眠時随伴症などがあります。
文明の発達と共に睡眠障害は増加し、現代の社会では5人に1人が不眠に悩み、20人に1人は睡眠薬を服用しているといわれています。不眠は特に高齢になるほどその割合は増すといわれていますが、日本では外国に比べると不眠に悩んでも病院へ行って相談する人の割合は低く、逆にアルコールに頼る人の割合が高いというデータもあります。また不眠や過眠の背景にうつ病などの精神疾患やさまざまな身体疾患が隠れていることも稀ではありません。
睡眠障害を正しく診断して原因となる疾患を治療し、さらには適切な生活指導や薬物療法を受けることで、睡眠の改善だけでなく昼間の生活をもより快適で豊かなものとすることが睡眠障害の治療の目標といえます。
不眠
症状
不眠を自覚する場合、なかなか寝つけない(入眠困難)、寝てもしばらくするとすぐに目が覚めてしまう(中途覚醒)、朝いつもより早く目覚めてしまう(早朝覚醒)、さらにはぐっすり眠った感じがしない(熟眠障害)といった症状がいくつか合わさって見られることが普通です。
眠れない日が続くと次第に「また眠れないのでは」という不安感が増し、不安や緊張のため余計に眠れないという悪循環が生じます。
夜眠れないのに日中も眠くならないという場合も多いのですが、逆に夜眠れない分を朝寝坊したり、日中眠くなってつい長い時間昼寝してしまい、その晩もっと眠りづらくなるということもしばしばあります。
【診断】
不眠の診断は基本的には問診が中心となりますが、必要な場合には行動計で、ご自宅での睡眠を測定します。行動計は基本的には万歩計と一緒です。
まずは睡眠の状態に関しての詳細な問診から始めますが、不眠の原因のほとんどが加齢です。しかし、不眠の原因が精神疾患、身体疾患や薬剤使用の場合もあります(表1)、さらにカフェインの摂取、就寝前のアルコールやタバコ、床に入ったあとの読書やテレビ、考えごとなど、最近ではスマートフォンの使用などが問題になる場合もあります。背景に精神疾患や身体疾患があると考えられた場合にはそれに対する検査を進めていくことになります。
表1. 不眠の原因となる疾患・症状
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治療
原因となる疾患があればそちらの治療を優先します。さらに表2でご紹介するような日常における生活習慣指導を行い、それでも十分な効果がない場合は睡眠薬による薬物療法を行います。一般的な睡眠薬の他に抗うつ薬や精神安定剤なども不眠の治療に用いられます。
生活上の注意
表2-4に示したような生活習慣上の工夫だけでも不眠を解消できることがあります。またこれを薬物療法と組み合わせても効果的です。
表2.生活習慣上の工夫:睡眠時間と光
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表3.生活習慣上の工夫:生活の工夫
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表4.生活習慣上の工夫:寝室環境
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【受診のタイミング】
表2-4に示したような生活習慣上の工夫を2週間行っても以下の症状が一つでも残るようであれば睡眠外来を受診してください。
- 寝つきに30分以上かかる
- 夜中に3回以上目が覚める
- 目覚ましより30分以上前に目が覚める
- 昼間3回以上眠くなる
過眠
症状
日中に過剰な眠気のため日常生活に支障をきたす状態が過眠です。昼食後の時間帯に眠くなることは一般的なことであり病的とは言えませんが、それ以外の時間帯にもひどい眠気が襲って耐えられないほどであったり、重要な会議中や歩行中など、本来なら決して寝ないような状況でも眠くなってしまう場合があります。不眠と反対に高齢者より若年者に多いのが特徴的です。
ナルコレプシーという疾患では、日中の発作的な居眠りのほかに、大笑いしたり興奮したときに体の力が抜けてしまうという情動脱力発作、寝入った直後にみられるありありとした夢、金縛りなどの症状が特徴的です。
トイレで起きる以外はほとんどの時間を眠り続けるほどの過眠が、2週間前後続くような時期が周期的に現れる周期性傾眠症という疾患もあり、特に食欲や性欲も高まるタイプをクライネ・レビン症候群と呼びます。
診断
生活習慣について詳細に問診を行い、過眠の原因となるような問題が存在しないかどうか把握する必要があります。まず夜間の睡眠不足のために眠くなっているのではないかということを考えます。不眠を自覚していなくても夜間の睡眠の質が悪いために日中眠くなることがあります。代表的なものは睡眠時無呼吸症候群と呼ばれるもので中年以降の肥満型の男性に多く、夜間睡眠中に数十秒間呼吸が止まるたびに覚醒してしまい、睡眠の質が落ちるというものです。いびきや起床時の口の渇き、頭重感といった症状が診断の参考になります。
そのうえで一般的な脳波検査よりもさらに詳しい終夜睡眠ポリグラフィーや睡眠潜時反復検査(Multiple Sleep Latency Test, MSLT)を行い、睡眠時無呼吸症候群やナルコレプシー、過眠症に特徴的な所見の有無を確認します。終夜睡眠ポリグラフィーは1泊入院が必要、睡眠潜時反復検査は繰り返し4-5回脳波検査を行うため、一日がかりの検査ですが、睡眠時無呼吸症候群の場合には、パルスオキシメーターという血液中の酸素を測定する機器を持ち帰って、自宅で一晩指先につけて無呼吸の有無を見る方法もあります。
治療と生活上の注意
何よりもまず規則正しい生活をして、十分に夜間の睡眠をとるよう心がけることが必要です。
睡眠時無呼吸症候群では、鼻にマスクを当てて持続的に圧を加えるCPAP(Continuous Positive Airway Pressure)という治療法がありますが、逆に睡眠の妨げになる場合もありますので専門的な判断が必要です。
ナルコレプシーの場合には、精神刺激薬と呼ばれる眠気を覚ます薬が有効なことが多いのですが、これまで一般的に使われてきた薬が依存性の問題から規制が強化されており、処方できる病院・医師が登録制になっています。
周期性傾眠症の場合は、特に治療しなくても年齢とともに自然に症状が消失するといわれています。
概日リズム睡眠障害
睡眠の質・量には問題なく、睡眠に入る時刻や起床する時刻がずれてしまうために日常生活に支障をきたす場合があり、これを概日リズム睡眠障害と呼びます。
特に問題となるのは睡眠相後退症候群と呼ばれるもので、夜更しの朝寝坊になるため、社会生活を営む上で影響が出やすいものです。
行動計をつけて規則正しい生活を心がけ、治療効果が上がらない時は光療法を行います。
睡眠時随伴症
睡眠中に起こる行動や心身の異常の総称です。
一般的に「夢遊病」として知られ、小児に多い睡眠時遊行症や、悪夢、夜驚症、老人に多いレム睡眠行動障害などがここに含まれます。治療法としては、レム睡眠を減らす薬を使ったり、レム睡眠中の筋緊張を下げる薬を使ったりします。
慶應義塾大学病院での取り組み
当院精神・神経科では2016年5月より睡眠専門外来を設置し、睡眠認定医師の遠藤拓郎が担当します。また終夜睡眠ポリグラフィー・MSLT等の検査は大学病院内では行っておりませんが、関連の睡眠専門施設であるスリープクリニック調布(睡眠認定医療施設・睡眠認定技師)、スリープクリニック銀座(歯科は睡眠認定歯科医師)、スリープクリニック青山、スリープクリニック札幌(2017年11月開院予定)で行います。
文責:
精神・神経科
最終更新日:2017年2月7日