概要
甲状腺は、のどぼとけの少し下にあるH字型の小さな臓器で、甲状腺ホルモンを分泌しています(図)。甲状腺ホルモンはfT3(フリー・トリヨードサイロニン)、fT4(フリー・サイロキシン)の2種類から成り、全身の細胞に活力を与える働きを持っています。甲状腺機能低下症とは、甲状腺からのホルモンの分泌が悪くなった状態であり、その原因となる甲状腺の病気がいくつかあります。
概要図(日本医師会雑誌特別号「内分泌疾患診療マニュアル」、第127巻、第12号、p40、図1を転載許可を得て改変引用)
症状
疲れやすい、寒さに弱い、むくみがち、体重が増える、声がかすれる、動作が緩慢、肌が乾燥しやすい、毛が抜ける、便秘、生理が不規則、不妊・流産しやすいなど、その症状は極めて多岐にわたります。また認知症や「うつ」のような精神症状をみることがあり、甲状腺機能低下症と気づかずに心療内科などで治療を受けているケースもあるようです。
診断
血液検査によって甲状腺ホルモン(fT3、fT4)および下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)を調べます。甲状腺ホルモン(fT3、fT4)値が正常よりも低ければ甲状腺機能低下症と診断されます。ただし、少しでも甲状腺ホルモンの不足があると、下垂体がそれを感知して、TSHを分泌して甲状腺に甲状腺ホルモンを出させようとするため、fT3、fT4の値が正常でもTSHの値が高めとなることがあります。これを潜在性甲状腺機能低下症といい、狭心症や心筋梗塞、流産などと関連する可能性が報告されています。
甲状腺機能低下症を引き起こす主な病気
- 慢性甲状腺炎(まんせいこうじょうせんえん:別名、橋本病(はしもとびょう))
自己免疫(じこめんえき)による炎症が甲状腺に生じており、甲状腺に対する自己抗体(じここうたい)が陽性を示すことが特徴的です。甲状腺機能低下症の多くが慢性甲状腺炎によるものであり、中年以降の女性に多く認められます。 - 萎縮性(いしゅくせい)甲状腺炎
甲状腺からのホルモン分泌にブレーキをかけてしまう特殊な抗体(こうたい)が原因です。その結果、甲状腺が小さく萎縮しています。 - 無痛性甲状腺炎(むつうせいこうじょうせんえん)、亜急性甲状腺炎(あきゅうせいこうじょうせんえん)
いずれも、病気の経過中に一時的に甲状腺機能が低下します。通常は特別な治療をしなくても数か月以内に正常の甲状腺機能に回復します。 - 薬物による甲状腺機能低下症
一部の不整脈の薬や抗がん剤、インターフェロン、ヨウ素を含むうがい薬の多用などによって、甲状腺機能が低下することがあります。 - 甲状腺の手術後
甲状腺の腫瘍や甲状腺機能亢進症に対する甲状腺の手術後は、甲状腺機能が低くなることがあります。 - ラジオアイソトープ療法後
甲状腺機能亢進症に対して行った後、数年以上たってから徐々に甲状腺機能低下症となるケースがあります。 - 甲状腺あるいはその周辺への放射線照射後
別の目的で行った放射線治療の際に甲状腺が放射線を大量に浴びると、甲状腺が萎縮して機能が低下します。 - 脳下垂体(のうかすいたい)の病気
脳には下垂体という小さな臓器があり、そこから甲状腺ホルモンの分泌を促すホルモン(TSHといいます)が出ています。脳下垂体に腫瘍や出血、炎症などが起きるとTSHの分泌が悪くなり、その結果甲状腺ホルモン値も低くなります。
治療
甲状腺機能の低下が一時的なものでなければ、一般的に甲状腺ホルモンの薬をお飲みいただきます。はじめは少ない量から飲み始め、甲状腺ホルモン値の正常化を目標に徐々に増やしていきます。その後は維持量を生涯続けるケースが多いです。なお、最近では軽度の甲状腺機能低下症と不妊・流産との関連が注目されています。不妊治療を行っている患者さんや、妊娠希望のある慢性甲状腺炎の患者さんには、一見甲状腺機能が正常であっても、甲状腺ホルモンの薬をお飲みいただくことがあります。この場合、多くの方が出産後に薬を中止できます。
慶應義塾大学病院での取り組み
慶應義塾大学病院腎臓・内分泌・代謝内科では、甲状腺の病気の的確な診断と適切な治療の提供を心がけています。不妊治療を行っている患者さんや、妊娠希望がある慢性甲状腺炎の患者さんで、必要と思われる方には積極的に甲状腺ホルモン補充を行っています。
文責:
腎臓・内分泌・代謝内科
最終更新日:2024年10月22日